‘雑記’ カテゴリーのアーカイブ

2019年1月4日
家の中をすっきりと ~ワインを量り売りで買う②~

謹賀新年。

年末年始休業中ですが、ブログだけアップ。

量り売りのワインをお試ししてみた話、2話目です。

シャトレーゼで生ワインを購入し、1本目の白を飲みきったので、2本目を購入しにでかけました。

今度は赤にします。

白の場合、「1~4日以内に飲みきらないと美味しさが感じられない。5日目以降になると、口に合わない。」という結論になりました。

私はワイン1本を4日以内には飲みきれない。

となると、5日目以降、ボトルに残っている白ワインは資源の無駄になってしまいます(*今回は料理酒として消費しました)。

ということで、生ワインの白は諦めました。

赤をお試しします。

赤はカベルネソーヴィニヨンなのですが、同じ品種で、ほかに好きなボトルがあるのです。

600円くらい。

そのワインはヴィンテージが変わっても風味がさほど変化しないので、安定感があります。

お値段もお手ごろで口に合います。

私の印象だと、2000円クラスのボトルと似た味わいを発揮してくれるので、かれこれ3年ほど飲み続けています。

シャトレーゼの赤ワインは740円。

せめて「飲みなれたワインと同等の美味しさ」でない限り、ワインを切り替える理由がそもそもありません。

そもそも、ワインの瓶をゴミとして排出したくなかったので、ワインの量り売り購入を検討しているのですが、元に戻すほかなくなります。

さあ、うだうだ言っていないで、お試しです。

白ワインの空いたボトルを持参して、「赤ワインください」と言って、ワイン購入。

ボトルは新しいものと交換して、中身を詰めてくれます。

このとき、「使用済みの瓶」はその場で返却しているので、今回、瓶の代金は請求されません。

蛇足ながら、「繁忙期(クリスマス頃)」に購入すると、その場では詰めてくれません(笑)。

奥から詰め終わったもの(既製品)を持ってきてくれて、それを販売してくれました。

おそらく、「前日」のうちに、翌日の繁忙を見越して詰めておいたのだと思います。

賞味期限が1日ほど短くなっていました。

開封1日目。

カベルネソーヴィニヨンとは思えないほどに軽くフレッシュです。

ですが、引っ掛かりを覚えるほどの「物足りなさ」は感じません。

白ワインのときに「瓶の中で酸化して風味がコロコロ変わる」という経験をしているので、今後に期待できそうです。

ただ、1日目のワインはそれほど好みではないので、「リピートすることがあれば、購入日に開栓しておいて、2日目以降に飲もうかな・・・」と思いました。

そして、1週間、飲み続けてみました。

白ワインのときにように、「う~~~ん。」というような激しい変化というか、嫌な落ち込みはありませんでした。

少しずつ、カベルネソーヴィニヨンらしく重くなってくる気がしました。

とは言え、1週間経過してもまだ軽めです。

さほど渋さは前に出てきませんが、不思議なことに物足りなさはない。

日本の赤ワインを頂くと「軽いと言うよりも、コレ、薄いでしょ・・・。」と思ってしまって美味しさがさっぱり分からないのですけれど、このワインに限ってそれはないです。

軽いですが、満足感はあります。

ツレは舌に残る渋さを嫌って赤ワインは好まないものの、「これだったら飲める!」と言って、自ら「赤ワイン飲む~」と言い始めました。

日本酒党ですが、「これ、美味しいと思うよ。」とも言います。

ということで、我が家、今後はシャトレーゼの赤ワイン1本で行きたいと思います。

白を飲む習慣は手離します。

好みに合う白ワインは別にあるので、特別な日に買ってきて、ときどき楽しみたいと思います。

今回、量り売りのワインをお試ししてみて、「結果オーライだな」と思って満足しています。

いままでは白と赤を買っていたのですが、赤1本に集約することができました。

白と赤の中間のような味わいで物足りなさがないので、これ1本でOK。

ワインの瓶を月1で捨てる家事も消えて、本当に大助かりです。

ちなみに「白はダメ~」という趣旨じゃないです。

我が家は2週間ほどかけて1本を消費するので、そのライフスタイルに白は合わないだけ。

ちなみにこの生ワインのデメリット?というか、気になる点ですが、ボトルの形状に由来して、必ず液垂れします。

1回注ぐごとに瓶を拭き取らないと、テーブルが汚れます。

思いつくのはそれくらい。

味わいの好き嫌いは個人差がある話ですけれど、「瓶を保管して、月1で忘れないように捨てる家事から解放される」という点も含め、コスパは良いと思います。

「日常的にワインを楽しみ、瓶のゴミ捨てがプチストレスの方」であれば、試してみる価値はあるような気がしますよ。

なによりもエコですし。

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2018年12月28日
朝からすっきりです

年末年始休業中ですが、ブログだけアップ。

長野市は昨晩から雪がちらつき始めましたが、午前10時の段階ではほとんど積もっていません。

雪かきはまったくいらないです。

ベランダのメダカ鉢は水面が凍りついていますが、氷の下でメダカさんは泳いでいますので、まだまだ冬眠する気はない様子。

メダカさん達は松本生まれ。

北アルプスに囲まれたベランダ(*最寄の山は常念と槍ヶ岳)で越冬していますので、寒さに関し、まったく心配していません。

たぶん、長野市の冷え込みが足らず、暑くて眠れないんだと思う・・・。

メダカさん、野良猫さん、野生のリスさん達を見ていると、「人間は、なってないなあ~。」と思います。

彼らは裸一貫で猛暑の夏を乗り切り(*ご近所のネコちゃん1匹は夏の終りに亡くなりましたが・・・)、この冬を迎えているのですから、人間が高等生物だなんて到底おもえない・・・。

さて話は変わり、今年、大掃除は必要を感じないのでやりません。

ですが、朝から照明の掃除をしました。

朝ごはん前のことなので、まさに「朝飯前」程度の軽い掃除。

カサを外してゴミを取り除き、拭いただけ。

部屋の数を減らしたことで照明の数も減り、掃除はラクラクで、すぐに終わりました。

背が低いので、照明の取り外し取り付けがけっこう大変。

いままで照明掃除は億劫だったものの、時間も手間もかからずにストレスフリー。

今年はいろいろと自分の暮らし方を変化させた年だったので、実りが多かったと思っています。

昨年までは「使い捨ての商品を使わない」とか、「自分ひとりの用事で車を使わない」とか、その程度の心構えで生活していて、それで十分だとも思っていました。

今年からは「いまの暮らしに不要な品は持たない」、「洗剤の種類を減らして、下水を汚さない」、「すべてにおいてダウンサイジングする」、「資源の無駄や汚染につながるような消費をしない。褒められない業者に活動資金となる代金を渡さない。」など、かなり具体的にやってみました。

いろいろ見直したことで、所有物の数は減りましたが、その分、メンテナンスにかかる費用や時間がも減り、消耗品の買い足し頻度も減りました。

結果的に、自分が本当にやりたいこと(読書や体験や手習い)に、遠慮なくお金や時間を回せるようになりました。

ダウンサイジングで無駄遣いが減ってギャッベも買えましたし、ツレはカメラのレンズを新しくして、ネコちゃんやリスさんを激写しています。

猫のヒゲもしっかり写るようになりました(笑)。

日用品の買い足しって1点1点は小額ですよね?

ですが、使いつけている日用品はほとんど「固定費」なので、これが減ってくると、明らかに出費が抑えられることもわかりました。

日々の暮らしで「おかしな人」と遭遇してモヤモヤを感じることもありますが(笑)、身辺がすっきりしているので「自分から発するモヤモヤ」はありません。

本当に必要なものがわかり始め、お値段の多寡に限らず、買い物も迷わなくなりました。

これからは有形の物ではなく、無形のものを自分の周囲に引き寄せてみたいと思います。

さて、本日が仕事納めの方は、1年間、お疲れ様でした。

最後まで油断なく、隙なくお勤めされて、ご帰宅の道中もお気をつけくださいね~。

大雪になる前に早く帰りましょう。

「今年中に終らせないと!」なんて、根拠のない気の迷い。

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2018年12月27日
今年、年賀状は作っていません

年末年始休業中ですが、ブログだけアップ。

今日当たりから、お天気が荒れ模様らしいですね。

ニュースを見る限り、私が移動する範囲は24時間60cmとあるので、昨日のブログに書いた数字と不本意ながら一致してきました。

仮に60cm以上降られてしまうと、いろいろ難儀で・・・。

長野市は屋根からの殺人的な落雪さえ注意すれば新雪を踏み分けてなんとかなるものの(←パウダースノーなので、けっこう楽しい)、新潟の場合、雪にロックされて日常生活が機能しなくなる日があるので・・・。

ちなみに新潟をディスっているわけではありません。

天地逆転(*日本海が上空に出張)のような気象条件が出来上がるときがあって、新潟における自然の驚異はときに人知を超えてきます。

真冬の長野県から脱出し→山間の豪雪地をいくつも経由して→日本海側の豪雪地に向うことになり、どこにいても冬の難所。

天候次第では危険なので、冷静に判断したいです。

さて、今年の私、年賀状を作っていません(*ツレ名義は別ですが)。

ですので、もし、私宛に年賀状を作ろうかどうか迷っている方がいらっしゃいましたら、今年はスルーして、その分、ほかに時間と費用をお使いください。

私は帰省から帰ってきた後に返事を出すつもりでいますが、それにしたって、「長野リターン→郵便局で年賀状調達→作成→郵便局で投函」を予定しています。

エコの観点から年賀状の余りを出したくないので、郵便局まででかけて、ぴったりの枚数を調達するつもりです。

そのため、松が明ける前に返事を出せるかどうかすらわかりません。

今年、どうして年賀状を作る気分になれないんだろう・・・と考えてみたのですが、そこはかとなく、年賀状にエゴを感じたからかもしれません。

帰省予定がある方って元旦にご自宅にいらっしゃらないから、「年賀状を出しておかないと、気分的にゆっくり休めない」とか、「帰省後はすぐに仕事が始まるから、年が明けてからは年賀状を作って出す時間がない、もしくは手間が惜しい」とか、そんな感じで「迷うくらいだったら、去年出した相手と新規の分をプラスして、年内に投函しておけばいい。」ですよね?

本気で年始の挨拶を必要とする相手には、ハガキ1枚じゃなくて、挨拶に行きますよね?

「年賀状の心はどこに?相手じゃなくて、最初から自分に向ってない?」って話です(笑)。

今年に限って、その波に乗りたくない気分になりました。

来年の心は分かりませんが、今年はそんな感じです。

ちなみに年賀状自体にケチをつける意図はありません。

お友達からは、「この年賀状、書くのに何日かかったんだよ・・・。」と思うような「絵手紙を越えたアートな年賀状」が毎年送られてきます。

それら年賀状は何度引っ越しても捨てる気分になれず、目下、数十年分を保管していますが、本人に知らせたら、捨てて欲しいと思うかも・・・(笑)。

年賀状に関しては、「子供の写真」について賛否両論があるようです。

私としては家族全員の集合写真が掲載されていると、「年賀状用の写真を一生懸命に選んだんだろうなあ~」とか、「年賀状用にきばって撮影したのかな?」とか、いろいろと裏事情が想像されてほっこりします。

ただの記念撮影でなく、フォーメーションや構図まで十分に練られた家族写真があったりして、芸の細かさに感心しきり。

ほとんどアート。

お子さんの顔だけが掲載されている場合、「送り先がどこか?」によって、感想は分かれるような気がします。

ご親族だったら、十分にアリかと。

究極、ご親族はお子さんの写真しか興味がないかも(笑)。

「数十年付き合っている親戚の写真」を年始から楽しみたい方がどれほどいらっしゃるのか・・・。

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2018年12月13日
手習い、やってます。

昨日のブログの続きですが、お菓子の砂糖を控えるようになったら、ケーキ1個が完食できなくなりました。

あんなに好きだったのに・・・。

以前は2個連続とか、平気で食べていました。

いまは舌に甘すぎて、1個は食べられなくなりました。

和菓子でしたら、最後の一口まで美味しく食べられるものもあって、粒あんとかぼちゃのおやきにハマっています。

観光客による長蛇の列ができているお店に行き、「こんにちは。粒あん、1個ください。袋はいりません。」などとかわいい注文をしています(笑)。

さて、手習いの途中経過です。

教本を見つつ、毛筆の練習を始めて2週間ほど経過しました。

忙しいときは5~6字程度ですが、毎日続けています。

筆ペンに慣れて、多少はマシになってきました。

教本の楷書編が終わりました。

次は行書、ひらがな、草書になりますが、行書へは行かずに楷書の始めに戻りました。

勝手な想像ですと、楷書さえマスターすれば、自然、行書と草書は書けるようになる気がします。

1日のおけいこの止め時は「この字は綺麗に書けた・・・。」と思ったら、その字限りで練習を止めます。

ノルマやルーティーンはありません。

「門」の字に満足したので、この日は止めました。

評価者はいないので、「うん。文字から『門』を感じる。よろしい。」と自己完結しています。

ちょっとずつでいいので、毎日練習しています。

いまの目標としては楷書に出ている妙~な癖をなくし、個性がないと思えるくらい、プレーンな文字に修正したい。

記憶にすら残らないような楷書。

行書草書でクセが出てしまうのでしょうから、楷書段階ではできるだけすっきりと。

うまく書ける日もありますし、書けない日もあります。

雨の日も風の日も、通常運転で「ただ続けること」が大事かと。

花教室の生徒さんにも、「基本を練習している間は、レッスンの間隔を不定期に空けてしまうと上達が難しくなります。空きすぎたら初歩の状態に戻って、それの繰り返しですから。」とはっきりお話しています。

英語のレッスンに3ヶ月1回ペースで通って、英語が話せるようになるわけがない。

とは言え、誰しもが「上達」を目指しているとは限らないので、単発の息抜き&楽しみということであれば、不定期でもいいと思います。

向き合い方は他人では計り知れないというか、私がタッチすべきところにないので、個々のご判断におまかせです。

緊張を強いられるお仕事(他人の生命を握る業務)にお勤めの生徒さんは、ブーケレッスンで2時間半ほど集中し、「あっという間でした・・・。もう、こんな時間・・・。」とびっくりしていらっしゃいます。

「上達を目指す」というよりも、日々の緊張から解放され、「目の前にあるブーケのことしか考えていない時間を過ごすこと」に重きを置かれているようです。

当教室はフリータイム制なので、このような形の通学もできますし、レッスンの開始時間もバラバラで足並みを揃える必要がなく、集中に水を差す存在もありません。

私も書道のおけいこをしていると、ハネ一つに一喜一憂。

「あ~~~~~~~、ちが~う!そうじゃない。」などと思う。

裏紙で書道の練習をしていると、紙の質次第で字が変わってきて面白いです。

粗悪な紙だと筆が滑らないので。

その分、紙の質が良い日はご機嫌に過ごせます。

年明け、東京国立博物館で始まる書道の特別展が気になっているのですが、春になったら奈良の国立博物館に行く予定があるので、東京はちょっと難しいかなあ・・・。

勉強のために行っておいたほうがいいとは思うものの、旅費の捻出が・・・。

ちなみに「顔真卿」じゃなくて、「欧陽詢」狙いです。

行くとしたら、一人で行きます。

いまの私だと、観覧に一文字数分かかりそうなので、誰にもつき合わせられない。

 

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2018年12月12日
カレドショコラを食べる

砂糖の入ったお菓子や菓子パンを、できるだけ食べないようにしています。

好きだからこそ、食べすぎてしまうので食べない。

3ヶ月ほど経過したのですが、購入するお菓子はカレドショコラのカカオ70だけになりました。

もう、それしか欲しくありません。

カカオ70も毎日は食べません。

食べる日は1日2枚で満足。

普段のおやつは季節の果物を食べています。

いま、長野市周辺では、リンゴのサンフジが美味しいです(*今年はもうシーズンオフ。収穫済みの分だけ流通中)。

理由は分かりませんが、今年、長野市と信濃町周辺のサンフジがとてつもなく美味しく感じられます。

手のひらに乗せ、「この小さなリンゴで世界制覇できる!」と本気で思うくらい・・・。

現実問題、サンフジは「もぎとったその日」が美味しいので、鮮度の問題で世界制覇は難しいでしょうが。

スペシャルに美味しいものは包丁で二つに割った瞬間に香りが立ち、食べなくても「当たり~」と分かります。

チョコは1日2枚までですけれど、体調がイマイチの日があって、ついつい5枚連続で食べてしまった日があって・・・。

買い足しに行くことにしました。

寒い日だったので、「エアコンをつけて→コタツに潜り→暖かいお茶を飲みつつ→チョコを食べる」がやりたかった。

想像よりも外が寒くて(*気温2度くらい)、引き返しそうになりましたが、カレドショコラのストロベリーを試してみたかったのです。

9月に発売されたばかりらしい。

冬になって室温が低下するにつれ、我が家のリビングではカカオ70はカッチカチ(笑)。

手で二つに折るのも苦労するくらいです。

冷えすぎて香りが弱く感じられる気がしたので、「少しだけ、カカオ成分が低いチョコでもいいかな?そっちのほうが美味しく感じられるかも。」と思ったわけです。

寒い中、お店に到着し、出来心でアーモンド(*ストロベリーとアーモンドが9月発売)まで買ってしまいました・・・。

ちなみに長野駅前のドンキでは、カレドショコラのカカオ70が売り切れていました。

ですが、ドンキ、駅前の底値ではないですよ?

底値は別のお店。

そちらのお店、同じ日にベネズエラビターが売り切れていましたので、「底値店であることを知っている人」は存在しているらしい。

私も以前はベネズエラビター一筋でした。

「砂糖の入ったお菓子をできるだけ食べないことにしよう。」と心に誓ってからはカカオ70に切り替えました。

どちらも美味しいです。

今回お試ししたストロベリー、印象としては「ベネズエラビターにイチゴの酸味をくわえたもの」です。

ビターチョコにイチゴの粒粒が混ざっていて、チョコ自体はピンクの発色はしていない。

甘くないので、ビターに慣れた人にもとっつきやすいでしょう。

ただし、お値段が高いので(*ベネズエラビター265円、イチゴ315円/税別)、「あえてストロベリーを選ぶ理由」は弱いかもしれませんね・・・。

イチゴがダメだというわけではなくて、ベネズエラビターの完成度が高いので。

出来心で購入したアーモンド(*315円/税別)、これは食べた瞬間に「甘いなあ~、どうやって消費しよう・・・。」と思いました。

カカオ70に慣れているので、アーモンドのほうは甘さが喉にしっかり残ります。

お茶がないと無理。

箱に書いてあるポリフェノール含有率をチェックすれば、「アーモンドがとびきり甘いこと」は買う前に分かったはずなので、チェックを怠りました(笑)。

なにせ、出来心だったので。

美味しいのですが、砂糖と距離を取ってる私が1箱消費するのはちょっと。

ツレに「(ウィスキーの)山崎のお供にして食べる?」とか、「会社に持って行きなよ?市販されているチョコでは高級なほうだから、女性が群がるかもよ???」と唆して渡そうと思います(笑)。

ということで、砂糖断食していない方にはベネズエラビター。

砂糖断食寄りの方にはカカオ70をおすすめしたいです。

この2種類のチョコ、実によく出来ています。

ちなみに他のメーカーのカカオ70以上は香りが高くなかったので、私の口には合いませんでした。

試してみた結果、上の2つをおすすめしています。

で、カレドショコラのバーコード2枚で応募できる懸賞に応募し続けていますが、チョコはまったく当たりません。

「当たらないこと」を楽しんでいますが、いつかは当たるのでしょうか・・・。

このブログで「近所に良いディルがなくて探し回った・・・」とか、「ディルをキノコのマリネに入れると美味しい」などと書いたところ、近所のスーパーが取扱いを始めてくれたので(しかもぶっちぎりの底値で)、夢日記のような気分で書いておきます。

妄想も書くのも自由。

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2018年12月10日
ウォシュレットと遊ぶ

室温に関して、長野県の設定は全国でも1~2を争って低いと聞いたことがあります。

暖房器具を併用しているから、室温は低くてもかまわない?

ある意味で正しいかもしれません。

一番威力を発揮するのは人熱と忍耐力。

そもそも、賃貸の場合は家の造りは関東と一緒。

「室温が低い=標高が高い分だけ外気も室内も冷え、ひたすら寒さに耐えている」という図式であって、裏ワザもなにもない気がします。

冬が5ヶ月も続くのですから、自然、暖房費を節約するために「耐える」というコマンドを多用するように。

我が家もいろいろな暖房器具を試しましたが、維持費・電気代・使いやすさなどを総合的に考えると、コタツとエアコン(電気)の併用が効率いいと思います。

寒さが緩んだ日はコタツだけで、厳しい日はコタツとエアコンのダブル使い。

冷え込んだ朝方、一気に温めたいときはストーブが良いですが、長時間使おうとすると灯油代がかさみますし、結露もすごいので、ライフスタイルに合わず、我が家はかなり昔にやめました。

さ、今日はトイレの話です。

「トイレはウォシュレットじゃなきゃイヤ!」という方もいらっしゃるのでしょうね。

私、トイレは水洗であればそれでいい。

昭和の社宅に住んでばかりだったので、ウォシュレットなんて使ったことありません。

必要を感じないので、出先でも使いません。

元来、雪隠というものは屋外にあって、「落し物」は汲み取っていたわけで、冷たくて臭いのが当たり前。

近代のトイレは初期設定からぶれ過ぎです。

しかし・・・。

今回、平成の賃貸に移り住み、トイレがウォシュレットだったのです。

引越し以来、コンセントは一度も入れませんでした。

ある日、掃除する際に製造年を見たところ、推定ですが「私たちが入居するタイミングで、新しく設置されたものではないか?」と気付いたのです。

もしくは先住者の短い居住の間に設置されたかも。

要は、便座部分がほぼ新品ということ。

冬を迎え、「せっかくの新品だし、便座の暖房くらい入れてみようか?」ということになりました。

電気代は1ヶ月300円前後?らしいので、12~2月の限定使用であれば、真冬の暖房費として納得もできそう。

そもそもここは長野県だし・・・。

今週から最低気温は氷点下だし。

で、使い方が分からないわけです。

とりあえず、コンセントを入れてみます。

ウィ~~~ンと音が立てて、ノズルが出てきます。

「なんじゃこりゃ?」

見守っていると、水を排出しつつ、勝手に収納されていきました。

「・・・・・・・・・・・。」

暖房だけで、いいわけで。

しかも低温、きわめてエコ設定でお願いします。

座るたびに「ウィーン」というのは脱臭で、立つたびにさらに「ウィーーーン~~~」というのは強力脱臭だと思われました。

どっちもいらない。

初期設定では懇切丁寧にすべて「入」になっているらしく、なんとかオフしたいのですが、やり方がわからない。

メーカーのホームページで取扱説明書を見ようとしたものの、型番に対して正しい取説が見つからない。

似た型番のもので代用しますが、ちょっと違うので、なかなかオフできない。

このまま放置した場合、脱臭する分の電気代がもったいない。

こちらも意地になって(笑)、何度もトライして、ようやく脱臭をオフすることに成功しました。

さて、着席。

お尻がほのかに温かい・・・。

脱臭が止まったので静かです。

うん、わるくない。

便座の暖房は蓋をしっかりしめておけば、さらに暖かいのですね。

私は閉める派なのですが、ツレはトイレに関わらず、すべてオープン派。

帰宅したツレに、「暖房を入れている間は、トイレの蓋もトイレのドアも閉めて欲しい。そのほうが座ったときに暖かいと思います。」とお願いしました。

「脱臭機能をオフするのに、午前中いっぱいかかったよ。」とぼやくと、ツレから「脱臭、あってもよかったんじゃないの?」と言われます。

そんな気がしなくもないけれど、やっぱり、過剰なものはいらない。

2018年12月6日
できることから

最近、お片づけ本や、シンプルな暮らしを発信する本をよく目にしますよね?

書いてあること、どれも大差ないですよね?

ということで、二番煎じに物足りなさを感じている方におすすめしたい本は、「ゼロ・ウェイスト・ホーム ~ごみを出さないシンプルな暮らし~」。

著:ベア・ジョンソン

出版:アノニマスタジオ

簡単に説明しますと、この方、ファミリー総出で「排出するゴミの量」を削減しているのです。

1年の排出量は、瓶1つに納まる程度だそうです。

具体的に実践されていることを、3点だけ選んでピックアップしますと、

*プラスチック製品に包まれている商品を買わない(*瓶を持参してそこに入れてもらって持ち帰ったり、そもそも量り売りに対応していない商品は自宅で手作りする)

*生ゴミやペーパー類はコンポストで処理する

*ゴミの削減を実践すると同時に、その活動が営利になるように会社を設立している

といった点かと思います。

これ以外にも色々と実践されているのですが、それは本をお読みいただければと思います。

ちまたのシンプルライフ本を、遥か彼方まで、突き抜けて凌駕している内容(笑)。

ストイックさと執拗さの点において格が違う。

この方は活動を営利にして、ゴミの削減を持続可能な状態にまで引き上げて、「システム」を構築しているので、シロウトでは完全なマネはできないと思います。

例えば、量り売りの店を探すためであったり、量り売りの各店へ行くために、瓶や布袋を積んだ車で移動して、買いまわっているそうです。

私は歩いて買い物しているのでマネできません。

瓶を何本も持参して、10~20kmも歩き回っていたら、買い物だけで1日が終ってしまうし、いくらなんでも疲れすぎ(笑)。

ネットで取り寄せたりせず、歩いていって実店舗で買い物するように心がけていますので、私はそれを継続。

ジョンソンさんのお宅では、不用品を販売元や譲渡元の同意を得て返還することもあるようです。

私の場合、「一度利用したものを返すのって失礼じゃない?自分で処分しないの?」と思ってしまうので(笑)、これは実践できません。

活動を公のレベルにまで引き上げたからこそ、ワガママ言っても周囲に許してもらっている部分(笑)もあると思うのです。

そこまでの道のり含め、だからこそ偉いわけですが。

私もなにか実践しようと思い、ワインの購入だけは量り売りのお店に変更しました。

シャトレーゼでは、ワインのボトルをディポジットで初回に払い、その後は1瓶ごとの量り売りをやっています。

1本分のワインが740円?くらいだったと思います。

瓶は栓がついていて密封できるタイプ。

飲み終わり後、瓶を持参すれば新しい瓶と取り替えてくれて、ワインを詰めてくれます。

店舗によって取扱品種が違うようですが、最寄店ではシャルドネかカベルネソーヴィニヨンを選べます。

いままでは500~600円台のワインを購入していましたので、お値段が高くなってしまうのですが、「1ヶ月2本程度の瓶ゴミ」が減量できるため、あえてシャトレーゼの生ワインに切り替えました。

この方法だったら、週の途中にワインが切れたとしても、「週末までは、新しいものを詰めてもらいに行かない。」と決心できるので、酒量もコントロールできます(←そんなに飲まないですけれど)。

お値段が高くなることで消費しづらさを感じたとしても、自然にワインの消費量が減るでしょうから、悪くない話です。

ということで、エコな活動、「自分には無理。」と言って、なにもやらないのは違いますよね。

だって、こんなにも地球は汚れているのだから・・・。

あまり感じない方もいらっしゃるのかもしれませんけれど、こればっかりは、周囲の人の声に耳を傾けてもいいんじゃないでしょうか?

私は鼻が良いというか、敏感なので、5年ほど前の時点で「もう、なにやっても手遅れだな・・・。」くらいに思ってます。

ですが、「閉店間際の施設を汚く利用していいのか?」と問われれば、「最後の日まで感謝の気持ちを込めて、綺麗に利用すべき。たつ人類、あとを濁さず!」と答えたいタイプなので・・・。

具体的な話をしますと、ちょっと前、某チェーンの靴屋さんにたち寄ってみたところ、目がシバシバして、喉がイガイガしました。

クシャミも出る。

気温が上がった日だったので、ケミカルな成分が揮発して店内に充満していたのだと思います。

国産の靴は販売されていない価格帯のお店でしたが、原産国で有害な成分を靴の製造に使いすぎ、ということでしょう。

これを履いて、人は野山を歩き回るのかと思うとぞっとします・・・。

「いま吸っているのは、カラダに良くないもの。いつのまにか粗悪品がたくさん世の中に溢れている・・・。」と感じたので、逃げるように店を出ました。

この日、大気に「清浄・正常」を感じたのは、川の流れの真上(橋の上)だけでした。

ということで、やれること、いろいろあると思います。

間に合うかどうかは別として・・・。

科学者さん達は「これで最後の警告になるが、まだ間に合う。」とコメントしているらしいですが、私は自分の感覚を信じているので、「人類へ向けた最期のリップサービスだな・・・。ほんとうの最期。」と受け取っています。

次のブログでは生ワインについて書きますね。

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2018年12月5日
お勉強、はじめました

昨日は暑かったですね。

長野市ですら、最高気温は21度台まで上がりました。

気温が上がる予報を知らず、冬装備のまま、片道1時間オーバーのところまで、徒歩ででかけてしまいました。

歩きつつ、手袋をはずし→ストールをとり→帽子を脱いで→最終的にはコートを脱ぎました。

道中、景色が良い場所もあったので、渋滞している車を横目に「歩くっていいな。」と思いましたが。

県庁通り~青木島のあたり、車の量が多すぎですよ・・・。

川中島周辺は、車両や工場・商業施設から発散されるケミカルな物質が暑さで揮発しまくっちゃったのか、空気がよどんでいるし・・・。

道中、空気がまともだったのは、上記写真の「犀川の流れの真上」だけでした。

汚染の程度は「けっこう深刻」と私は感じましたが、長野は車社会で、歩く人はごく少数派。

多くの人が車内にいて気付いておらず、当然、対策の必要も感じていないのでしょう。

本人に「その気」と「健脚」さえあれば、長野県庁から川中島・篠ノ井までは1本道で歩いていけます。

JRの駅4~5つ分だし(長野→安茂里→川中島→今井→篠ノ井)、歩けば1時間~1時間30分はかかるけど(笑)。

私の個人的な考えなのですが、「知恵も体力も慈愛もお金もない老人を気にかけてくれる人」なんて存在しないと思っているので、うっかり長生きしたときに備え、自分をいろんな方向から鍛えています。

歩くことは体力の増強にもなるし、気付きも多いので、一番重要。

さて、過去のブログに書いたことを有言実行。

お勉強、はじめました。

私、ひとさまに誇れるような美徳は持ち合わせていませんが、「口にしたことはやる」を人生で繰り返しています。

自分に言い訳しなくなります。

手習いを始めました。

字がヘタになり、勉強の必要を感じたので始めたのですが、それ以外にも理由があります。

習慣を一つ、やめることにしたので、それによって心と財布に余裕ができたからです(*なにを止めたのかは、後日、ブログに書くつもり)。

フルタイムの仕事をやめて以来、文字を書く機会が激減しました。

そうしたところ、字がヘタになりました。

芯がなくなった感じ。

職場でなにかを起案するときは、パソコン上ではなく、「紙の上に文字を書く」というアナログ方式で推敲していました。

当時、字は書き慣れていたので、複数の方から私の書く字が好きだとも言ってもらえていました。

いまは見る影もありません(笑)。

漢字が出てこないのは当然のこととして、文字に「人格が現れていない感じ」。

ということで、勉強方法を考えます。

まず、通学はしませんので、自宅で「ひとりお稽古事」。

実用を兼ねたいので、文房具屋さんで毛筆の筆ペンを買ってきて、それで手習いをします。

使い倒して、すぐにインクがなくなると思ったので、インク交換できるものにしました。

道具をいろいろ集めるのはもったいないので、書道用具は買いません。

ちなみに、個人的に書道を習った経験はありません。

有段者になりたいわけではないので、自分の字を取り戻せればそれでいい。

問題はお手本です。

図書館で本を2冊借りてきたのですが、ぱらぱらっと中を見ると、お手本の字が両方とも好きじゃない・・・。

楷書にどこそこクセがあります。

いま、長野図書館は工事閉館中なので、書庫から出してもらった本を中身を見ることもなく借りてきました。

「これじゃあ、やる気が起きないなあ・・・。書道って、お手本えらびがかなり重要だよな~。」と思い、本屋さんに足を伸ばすことに。

在庫している教本をぱらぱらめくりますが、「購入したいほどにぴったりくる字」もありません。

古本屋さんへ移動。

そこで運命の出会いというか、ぴったりくる字の教本を見つけ、200円でお買い上げしてきました。

楷書がさっぱりしていて、美しく見えたので。

帰宅して、ダイレクトメールや包装紙の裏を使って練習開始。

お手本は30年ほど前に出版された教本です。

手荒い扱いはまったくしていないのですが、途中、「ビリ」っという大きな音を2回も立ててくれてびっくり(笑)。

私がめくることで封印が解けたかのように、背表紙のノリが剥げていきます。

家にあったマスキングテープで補強しつつ、手習いを続けます。

「本がバラバラに解体しそうになったら、永遠の「永」という文字をひたすら呪いのように練習しよう!」と初日に決めました。

ということで、裏に印刷がないダイレクトメールが入るたび、その紙を使って、30分~1時間ほど書道のお稽古しています。

そうすれば、否が応でも習慣になりますので。

最近、ダイレクトメールやチラシの投入がストレスだったのですけれど、錬金術というか、違う性質のものに変化させることができて嬉しいです。

私の場合、「習字」というよりも、「美しい漢字を紙の上に表現する遊び」だと思ってやっているので、「やらされている感=おけいこ感」はゼロ。

あとは基本を忘れずに、「お手本の字」から「自分の字」に変わっていくように、少しずつ調整していきたいと思います。

まあ、まだまだ先の話。

とある記事で目にしたのですが、人がなにかをマスターするには1万時間かかるそうですよ・・・。

1日3時間で毎日やって、10年かかるとか。

お花の教室でも、通学に慣れてくると、作品に「自分らしさ」を出そうと頑張っている生徒さんをお見かけします。

とても大事なことですよね。

そして、そのときに心がけたいのは「自分らしさは出しつつも、基本は怠らない。基本はないがしろにしない。」だと思うわけです。

基本をスルーすると、そもそも筋を外しているので微妙な作品が仕上がりますし、練習を重ねた意味も土台から消えてしまいます。

なにをやるにしても、基本に帰りませんと。

教室からのお知らせ:12月にクリスマスレッスン開催します。お申込み受付中。詳しくは11月22日付けブログにてそろそろ締め切りますので、お申込みはお急ぎください。

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2018年11月30日
そろそろ勉強を・・・

すばらしく久しぶりに、ホームページの解析をのぞいてみました。

たぶん1年は見ていなかった(笑)。

HP運営で、「傾向と対策」なんて何もしていませんので。

ブログで一番人気の記事は、私が香水のサンタマリアノベッラをテスターしまくって、うんちくを垂れた話。

ブログアップして以降、不動の1位です。

私は鼻がいいので、世間のお役に立っているようです。

勝手な想像ですが、お仕事に必要で繰り返しチェックされている方がいらっしゃるのかと・・・。

NO.2の記事は、使い倒した茶色のオールドコーチを自分で補色した話。

ご興味ある方は検索なさってみてくださいね。

日本国内では、大阪にお住まいの方がアクセスNO.1で定着していました。

東京だと、港区や新宿区からのアクセスがいつも多めですが、完全に置いていかれた形。

大阪の方、観光地としての長野県がお好きなのですよね?

ブログの旅行記(長野県)をお読みでしょ?

違うと言っても、数字は嘘つかない。

そして、国で言いますと、今まではアメリカが日本の次だったのですが、まったく様相が変わっていました。

ロシアが二番手でした。

NO.3は中国。

中国は人口が多いので驚きはありませんけれど、ロシアがアメリカを追い越していたのにはびっくり。

ということで、「スパシーバ!」(←ロシア語で知っている唯一の言葉)。

国外でアクセスしてくれている日本人の方は、帰国の機会に教室まで来てくれて、単発でレッスンを受講していただけることもあります。

「さすが異文化の中で生活をしているだけあって、バイタリティーがあるなあ。そもそも海を越えてきているわけだから、島国の陸地を移動するくらい、どうってことないんだよね・・・。見習わないと。」などと感じています。

「好きなことができる自由時間&お金&やる気」が揃っていることって、人生ではなかなかないと思います。

最近の自分は腰が重たくなったなあ~と感じます。

でも、20代のころに色々と活動して勉強しまくったので、後悔はありません。

「やれるときに、言い訳せずにやっておいて良かったな。」です。

当時、平日は仕事して休日は勉強していたので、まったく遊べなかったです。

学費で散財していましたし、学生時代の奨学金も返済していたので、遊んでないのに貯金もできないという20代(笑)。

通学のため、「お金がないときは高速バスで東京-長野間を往復して日帰りする」とか、「時間がないときは新幹線で東京-長野間を往復して日帰りする」なんてやってましたが、今ではいろんな意味で到底不可能。

ちなみにこの頻繁すぎる上京時に、サンタマリアノベッラの香水を新宿でテスターしていました。

記事をお読みいただければ、その香水の種類の多さからして、「私がどれだけ東京に通学したか」をお分かりいただけると思います(笑)。

鼻がバカになるので、一気にテスターなんてできませんから・・・。

言い訳して、勉強の優先順位を下げ始めたら落ちる一方なので、当時は自分を追い込むやり方が正解だったのだと思います。

いまでは時間は溢れるほどにありますが、お金がないですし、気合もない(笑)。

老婆心ながら、20代のうちに「貯金」の優先順位を高く設定してはダメですよ~。

お金は人格に浸透するものではなくて、カラダの外に一時的にくっついて、いずれ消え行くもの・・・。

お金を上手に使い、「修練」の意味で何かを身につけませんと。

身につけるには時間もお金も手間もかかりますが、その分だけ、簡単には消えないかと。

「時間がない」とか、「お金がない」とか言うのって、結局、心の中で優先順位を低く設定してやりくりしないとか、後回ししているだけの話ですよね・・・。

私も「やる気ない。」とか言わずに、なにか勉強を始めようと思います。

教室からのお知らせ:12月にクリスマスレッスン開催します。お申込み受付中。詳しくは11月22日付けブログにて。】

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2018年11月19日
小学生に教わったこと

最近、人生の節目の一節にいることを感じているのですが、そんな中、「いい感じかも・・・」と思えることに出会う、というか、気付くことができました。

年を重ねると、それなりに経験も積んでいるわけで、「まったく新しい経験」には出会いにくくなってきます。

「すでに自分の中にあるもの」を目の前ですくいとって見せてくれる人であったり、そういった機会はもちろん存在していますが。

今回、発見したのはぜんぶで3つ。

そのうちの一つ目について書いてみます。

小学生から教わったことです。

とある日の夕暮れ、某小学校のグラウンド前を通りかかりました。

「今日いちばんのカーブ!」という声が、グラウンドから聞こえてきました。

声の方向に目をやったところ、小学生3人が、ピッチャー、キャッチャー、バッターに分かれて野球をしているように見えました。

日暮れどきで辺りは暗くなっており、照明のないグランドでは子供達はシルエットでしか確認できません。

ボールが白でなければ、もう見えないでしょう。

3人のうち、誰が発した言葉かは分かりませんが、今日最後の一球だったのかもしれません。

ふと、「そうだよな~。それでいいんだよな。その日のベストを尽くしていけば。そんな毎日を送ることができたら、すべてはOKってこと・・・。」と腑に落ちました。

人によっては、昨日のことを後悔したり、明日のことを心配したり、はたまた30年前の出来事にいつまでも囚われていたり、30年後の未来を不安視するわけです。

この小学生、「今日ベストの1球」に心を寄せていたわけで、前後よりも「いまここ」が大事なのだと教えてくれました。

大人になると複雑にいろいろと考えてしまいますが、いっそ、小学生のようにシンプル構造でいいわけで。

小学生がカーブを放れるのか?という疑問は横に置いておいて(笑)、「小学生、やるじゃないか・・・。」と思いつつ、その日の夕ご飯のお買い物をすべく、スーパーへ向いました。

【教室からのお知らせ:今年のクリスマスレッスンは、12月11日と12月13日の13時開始で開催予定です。いま、お知らせの文書を作っています。レッスンの所要時間は1時間。生花とドライのスワッグにします。フライングでお申込みいただいてもOKです。すでにお申込みは入っていますので・・・。同じ週の月~金でしたら日時を変えて受講もできますが、変更されると、「集団レッスン」から「貸切レッスン」になるため、別途貸切料を頂戴します。】

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