2018年11月29日
善光寺さんぽ ~お礼参りにゆく~

善光寺周辺をお散歩してきました。

数ヶ月前、びんずる様に足首の快癒をお願いしたのですが、その後、痛みがさほど気にならなくなり、普通に出歩けるように。

5時間前後、連続で歩き回っても平気です。

「びんずる様とお数珠頂戴の御利益だと思おう!」。

ということで、お礼参りとしてお賽銭を投げにでかけます。

以前、万治の石仏に願掛けしたときも、真冬の諏訪までお礼参りに行きました。

有形無形問わずにありがたく思えるギフトを頂戴したら、時間が経ってもきっちり返すようにしています。

さて、びんずる様にお礼参り後、本堂の真横のベンチに座り、しばし日光浴。

水曜日の善光寺周辺は空いているので(*界隈のお店は水曜日定休)、9時台の敷地内は人影もまばら。

雲ひとつない青空の下、思う存分、日光浴できました。

途中、自分の背後に生えていた松の木の枝ぶりが立派なことに気付いたり・・・。

普段、お札の授受所は立ち寄らないのですが、このときは足を向けてみました。

「なに、このカワイイ手ぬぐいは!」ということで、善光寺オリジナルのてぬぐいをお買い上げしてしまいました(笑)。

600円。

手ぬぐいの価格帯って、デザイン性の高いものはだいたい800円~なので、「どういうこと?」と思うくらいにはお安い。

私が台所で使っているのは青系の手ぬぐいばかり。

色のトーンも同じだったので、スルーできませんでした。

普段は両国で作られた豆絞りを愛用しています。

善光寺の手ぬぐいを開封してみたところ、印刷の匂いが妙に気になる。

洗ってはみますが、実用に向いているのかどうかは・・・。

額に入れた状態で展示されていたので、匂いや片面印刷であることには気付けませんでした。

まあ、青空と松の下で気持ちよく日向ぼっこさせてもらったので、善光寺への喜捨ということで満足です。

立派な場所は維持費もかかりますでしょう。

東日本大震災後、年々、本堂の柱の亀裂が大きくなっているような?気がして、どうにも気がかかりです。

この日は桜枝町にあるパン屋さんでパン2個も買いました。

ここ数ヶ月、「パン屋さんでパンを買うこと」自体を習慣からなくしていたので、久しぶり。

私が知る限り、長野市街地で早朝から営業しているパンの専門店(*正式な営業時間は知りませんが、8時頃に厨房から焼きたてパンを出してもらい、購入していた歴アリ)はここだけです。

老舗です。

善光寺周辺に住んでいた頃は日常的に通っていましたが、いまはナワバリ外なので数ヶ月に1回。

長野市内において「その日の焼きたてを、その日のうちに食べてもらえる形で、安く提供する」といった気概?パン屋の使命?を感じる唯一のお店。

1個135円(税込)のパンで、私はおなかいっぱいになれます。

応援したい気持ちがあって、近くを通りかかった際は購入しています。

パンの写真はありません。

歩き回っておなかが空いていたので、撮影する前に公園で食べてしまいました・・・。

蛇足ですが、「長野市って、早朝から焼きたてパンを買える店、ほかにないの?長野駅前でホテル泊まりして、朝にパン屋で朝食の買い物はできないの?」と疑問に思った方にフォローしますが、ホテル内のパンコーナーで、8時からオープンしているところが一箇所あるくらい。

いつも思うのですが、お買い物・消費って、「アナタの活動を支持します。いつも良い時間やモノを提供してくれてありがとう。これからも頑張って続けてね。」という意思表示。

ニセモノと分かっているものを買わないのは、このように考えているから。

家計を優先させて、泥棒稼業に活動資金を渡すようなことはしません。

ホンモノが買えるお金がないなら、分不相応ということできっぱり諦めます。

ホンモノ相手であっても、「お金を払う」という実行を伴ってこそ「応援」と言えるのではないでしょうか。

口先だけで「好き」とか「応援する」とか言いつつ、相手の収入になるような支払いを一度もしていないのであれば、それは独りよがり、欺瞞。

対価を払うことなく、心地よさの提供だけを一方的に受け続けているのであれば、それは搾取。

日々、楽しませてくれる場所には、しっかりお金は落とすようにしています。

それでこそ、顔を上げて、肩で風切って日々歩けます(笑)。

出会う野良猫は逃げてしまうけれど・・・。

教室からのお知らせ:12月にクリスマスレッスン開催します。お申込み受付中。詳しくは11月22日付けブログにて。】

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