2018年12月6日
できることから

最近、お片づけ本や、シンプルな暮らしを発信する本をよく目にしますよね?

書いてあること、どれも大差ないですよね?

ということで、二番煎じに物足りなさを感じている方におすすめしたい本は、「ゼロ・ウェイスト・ホーム ~ごみを出さないシンプルな暮らし~」。

著:ベア・ジョンソン

出版:アノニマスタジオ

簡単に説明しますと、この方、ファミリー総出で「排出するゴミの量」を削減しているのです。

1年の排出量は、瓶1つに納まる程度だそうです。

具体的に実践されていることを、3点だけ選んでピックアップしますと、

*プラスチック製品に包まれている商品を買わない(*瓶を持参してそこに入れてもらって持ち帰ったり、そもそも量り売りに対応していない商品は自宅で手作りする)

*生ゴミやペーパー類はコンポストで処理する

*ゴミの削減を実践すると同時に、その活動が営利になるように会社を設立している

といった点かと思います。

これ以外にも色々と実践されているのですが、それは本をお読みいただければと思います。

ちまたのシンプルライフ本を、遥か彼方まで、突き抜けて凌駕している内容(笑)。

ストイックさと執拗さの点において格が違う。

この方は活動を営利にして、ゴミの削減を持続可能な状態にまで引き上げて、「システム」を構築しているので、シロウトでは完全なマネはできないと思います。

例えば、量り売りの店を探すためであったり、量り売りの各店へ行くために、瓶や布袋を積んだ車で移動して、買いまわっているそうです。

私は歩いて買い物しているのでマネできません。

瓶を何本も持参して、10~20kmも歩き回っていたら、買い物だけで1日が終ってしまうし、いくらなんでも疲れすぎ(笑)。

ネットで取り寄せたりせず、歩いていって実店舗で買い物するように心がけていますので、私はそれを継続。

ジョンソンさんのお宅では、不用品を販売元や譲渡元の同意を得て返還することもあるようです。

私の場合、「一度利用したものを返すのって失礼じゃない?自分で処分しないの?」と思ってしまうので(笑)、これは実践できません。

活動を公のレベルにまで引き上げたからこそ、ワガママ言っても周囲に許してもらっている部分(笑)もあると思うのです。

そこまでの道のり含め、だからこそ偉いわけですが。

私もなにか実践しようと思い、ワインの購入だけは量り売りのお店に変更しました。

シャトレーゼでは、ワインのボトルをディポジットで初回に払い、その後は1瓶ごとの量り売りをやっています。

1本分のワインが740円?くらいだったと思います。

瓶は栓がついていて密封できるタイプ。

飲み終わり後、瓶を持参すれば新しい瓶と取り替えてくれて、ワインを詰めてくれます。

店舗によって取扱品種が違うようですが、最寄店ではシャルドネかカベルネソーヴィニヨンを選べます。

いままでは500~600円台のワインを購入していましたので、お値段が高くなってしまうのですが、「1ヶ月2本程度の瓶ゴミ」が減量できるため、あえてシャトレーゼの生ワインに切り替えました。

この方法だったら、週の途中にワインが切れたとしても、「週末までは、新しいものを詰めてもらいに行かない。」と決心できるので、酒量もコントロールできます(←そんなに飲まないですけれど)。

お値段が高くなることで消費しづらさを感じたとしても、自然にワインの消費量が減るでしょうから、悪くない話です。

ということで、エコな活動、「自分には無理。」と言って、なにもやらないのは違いますよね。

だって、こんなにも地球は汚れているのだから・・・。

あまり感じない方もいらっしゃるのかもしれませんけれど、こればっかりは、周囲の人の声に耳を傾けてもいいんじゃないでしょうか?

私は鼻が良いというか、敏感なので、5年ほど前の時点で「もう、なにやっても手遅れだな・・・。」くらいに思ってます。

ですが、「閉店間際の施設を汚く利用していいのか?」と問われれば、「最後の日まで感謝の気持ちを込めて、綺麗に利用すべき。たつ人類、あとを濁さず!」と答えたいタイプなので・・・。

具体的な話をしますと、ちょっと前、某チェーンの靴屋さんにたち寄ってみたところ、目がシバシバして、喉がイガイガしました。

クシャミも出る。

気温が上がった日だったので、ケミカルな成分が揮発して店内に充満していたのだと思います。

国産の靴は販売されていない価格帯のお店でしたが、原産国で有害な成分を靴の製造に使いすぎ、ということでしょう。

これを履いて、人は野山を歩き回るのかと思うとぞっとします・・・。

「いま吸っているのは、カラダに良くないもの。いつのまにか粗悪品がたくさん世の中に溢れている・・・。」と感じたので、逃げるように店を出ました。

この日、大気に「清浄・正常」を感じたのは、川の流れの真上(橋の上)だけでした。

ということで、やれること、いろいろあると思います。

間に合うかどうかは別として・・・。

科学者さん達は「これで最後の警告になるが、まだ間に合う。」とコメントしているらしいですが、私は自分の感覚を信じているので、「人類へ向けた最期のリップサービスだな・・・。ほんとうの最期。」と受け取っています。

次のブログでは生ワインについて書きますね。

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