2019年8月5日
私は慣れてきました

ここ数日、長野市は最高気温が36~37度くらいです。

最低気温は26~27度くらい。

暑くて眠れないときは、夜な夜なマンションの敷地内で繰り広げられるネコの鳴き合い(*夏の恋の季節)を拝聴?したり、ネコの運動会を鑑賞?していましたが、それもおとといの晩の長丁場を最後に決着したらしく、楽しみも終わりです・・・。

昨日は、休日出勤したツレが「(職場はエアコンが使えないので)暑くてつらいので帰ります」と言う。

どうも具合が悪いらしい・・・。

外出先にいた私も、急ぎツレと合流。

私の顔を見るなり、「クーリッシュ、バニラ味のクーリッシュ食べたい。」と訴えるので、買って帰宅すると・・・。

ツレはエアコンのスイッチを入れ、クーリッシュ片手に和室でころん。

エアコンはまだ効いてきませんが・・・。

ツレ 「なおった!」

私 「・・・・・・・・・・。」

ツレ 「仮病じゃないよ、仮病じゃない!35度過ぎると、ダメなんだよね。」

その後、エアコンが効く室内でコロコロし、数時間経過。

「もう、具合悪くない?」と聞くと、しおらしく「うん。」と返事をしますが、ちょっと頭が痛いとか。

ということで、長野県民、寒さに強い分、暑さにきわめて弱い模様。

クーリッシュ並みにやわらかい。

最近、長野市内で買い物をしていると、スーパーの駐車場でエンジン(エアコン)を止めずに買い物をしているらしい車をちょくちょく見かけますけれど、あれってどうなんですかね?

見た感じ、誰も乗っていないんですよ(*後部座席の足元にネコがいるとか、そういったことなら話は別)。

自分が買い物から戻ってきたときに車内が暑くなっているとイヤだから、エンジンを切らないだけですよね???

なまモノを車に乗せているのであれば、持って歩けばいいだけの話ですし。

自分にはずいぶん優しくて、環境にはまったく優しくないなあ・・・。

いちおうフォローしておきますが、長野県民、-10度の世界で喪服だけ着用して葬儀もこなしますし、学生は体操着(コートなし)で通学できる寒冷地仕様になってます。

ところにより、周囲はダイヤモンドダストみたいなものがキラキラして幻想的な世界になっていたりしますが、そんなシチュエーションでも薄着で平気らしい(←フォローになってない?)。

暑さにはクーリッシュ対応でも、寒さに強いのは間違いない。

ちなみに私の場合、外気が38度を超えると「あ、気をつけないといけないな・・・。」と思い、「あと10分、室温が下がらなかったら、今日はエアコンを入れるべき。」と思います。

365日、外を歩き回って暮らしているので、-12度から38度くらいまでなら、冷暖房なしでも適応可能になりました(*ただし、軽井沢周辺エリアの厳冬期は適応不可)。

ツレは寒さに強く、私は暑さに強いタイプなので、棲み分けが難しい・・・。

ということで、猛暑が続く中、ニュースなどで「エアコンを適宜、うまく使いましょう」的な推奨文句を耳にしますが、ちょっと違和感を感じています。

「いま生きている世代」が目先の便利やラクを手放し、「これから生まれてくる未来の子ども達」を守るか、「いま生きてる世代」が我慢することなく、文明の利器を思う様に使い続けて「これから生まれてくる未来の子ども達」を滅ぼすか、ちょうど、その瀬戸際に立っていますよね?

滅び側に傾いているとは言え・・・。

ひとりひとりが冷やす方向に努力しない限り、地球はもう勝手には冷めないわけで。

お子さんやお孫さんがいらっしゃる方や、将来的に迎えるであろう方は、二~三代あとのお身内のことを思えば、「待ったナシ」で必死に冷やすべき状況。

それなのに、ずいぶん悠長な・・・。

まあ、それも含めて自然というか必然というか。

「そういうふうにできているんだな。すべては巡るのか・・・。」と思う今日このごろ。

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